非SFファンが非SFファンにSFとは関係なく勧めたいフィクション5作

長野まゆみテレヴィジョン・シティ』

長野まゆみはSFっぽい小説をいくつも書いていて、なかでも近作なら『デカルコマニア』や『メルカトル』のラインが、地中海世界を思わせる雰囲気をまとっていて大変たのしい。のだが、SFらしいSF、といえばなんといっても『テレヴィジョン・シティ』だろう。管理された「ビルディング」に住み(もしくは閉じ込められ)、いまでいうVRを思わせるゲームに興じ、食事を必要としない少年たち、それから中学生の心を絶妙に刺激する程度の暗号。それらが硬質でありながらも想像を掻き立てる文体で描かれているから、読み手としてはため息をつくほかない。ぞっとするほどうつくしいイメージと、傷つきやすく、けれどけっして傷つきやすいそぶりを見せることをよしとしない少年たちの織りなすストーリーは、紛れもなく唯一無二だと言える。
なお、エロいのが好きな腐女子には『新世界』を勧めておきたい。全5巻のため、一見長いのだが、文章量はそれほどでもなく、とにかくめちゃくちゃエロいので読んで損はない。

中里一『完全人型』

完全人型

完全人型

中里一の百合小説に登場する人物は、すべて現実離れしているように思える。いや、ディテールまで作り込まれたストーリーも文章も、非常に現実的*1*2である。ではなぜ現実離れしているのか。少なくとも私は、中里一の百合小説に登場する人物の百万分の一も思考が回らない。単純に言えば、めちゃくちゃ頭がよさそうってやつで、だからハードSF好きにも理屈や辻褄についてはご満足いただけると思う。ハードSF好きではない身には、正直読みにくい。読みにくいけれど、百合としてはめちゃくちゃ萌える。だから読む。なぜならば、自分の百万倍も思考している登場人物たちの心の襞が、それはもう、いやというほど緻密に描写されているから、理解できなくても、何度も読み返したくなってしまうのだ。
なお、本作には1万字強ものおためし版がある。先程、注で挙げた2本の台詞もここからの引用だ。中里一を読んだことのない百合好きには、ぜひ読んでいただいて、悶え苦しんでほしい。

コードウェイナー・スミス「鼠と竜のゲーム」(『スキャナーに生きがいはない──人類補完機構全短篇1』収録)

コードウェイナー・スミスはなにを読んだっていい。どれだってSF初心者にばっちりおすすめできる。詩的で、いわゆるセンス・オブ・ワンダーに溢れていて、登場人物たちが時間と場所をものともしない縦横無尽の活躍を見せてくれる上に、タイトルがいちいちめちゃくちゃかっこいいので。ーーそんなふうに思うのはファンの贔屓目かもしれない。でも、Kindleでも手軽に入手できるいまこそ!ファンとしてはスミスを勧めたい。言ってしまえば、「猫と人間がテレパシーでいちゃいちゃする」というだけの話なのだが、スミスの手にかかれば、スケールが途方もない宇宙規模に広がり、わくわくどきどきの冒険活劇が始まるのだ。作者の考える未来史の断片を絶妙にちらつかせる短編を1本読んでしまえば、あとは全作を読み尽くすのみ。それ以外の選択肢は存在しない。
なお、「アルファ・ラルファ大通り」を選ばなかったのは、ひとえに「猫SFといえば『夏への扉』」という風潮が気に入らないからである。C・メルは萌え萌えなんだが、猫愛に溢れているのはやはりこちらだろう。

アーシュラ・K・ル=グウィン「求めぬ愛」(『世界の誕生日』収録)

世界の誕生日 (ハヤカワ文庫SF)

世界の誕生日 (ハヤカワ文庫SF)

ル=グウィンの短編の魅力は、ひとえにその語り口にあると思っている。一人称による描写を読めば、まるで自分が文化人類学者、もしくは宇宙中を旅する使節となって、地球とはまったく共通点がないように思える異星人の話を注意深く聞いているような気分になれる。『世界の誕生日』収録の短編はすべて、地球とは異なる結婚の風習を持つ星の話*3なのだが、思考実験的ではなく、身につまされるラブストーリーとして読めるのがすばらしい。怒られる予感しかしないけれども、腐女子は余裕で『闇の左手』をBLとして読んでしまうし、誤解を招く言い方をしてみると、「求めぬ愛」は同じ人間*4を好きな複数の人間の話であって、これはまさにカップリング厨がたまらなく好きなやつだ。最後はハッピーエンドだし。
なお、『オールウェイズ・カミングホーム』は早くKindle化してほしい。英語はもう持っているので日本語訳を……何卒……。

アンディー・メンテ『きせきの扉』

www.freem.ne.jp
小学生のころの話をしない。こいついっつもアンディー・メンテの話をしてんな!!!!!ってほどにはアンディー・メンテの話をしていない。ダウンロードして、見知らぬexeファイルを立ち上げて、の流れは、SteamだのDiscordだのがあるいま、まどろっこしいだけの過程かもしれないけれど、いま、あなたに読んでほしいSFがここにあります。
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出会った頃を思い出す、ほんのすこしだけふしぎな話なので。

*1:「いいって、いいって。みなまで言うな。工学部でしょ? 運用監視のリセールなんて文系のやることだよね。今日は学校の見学で来たんでしょ? でも介護に興味がないから、うちの展示くらいしか見るものがなかった、でしょ?」

*2:「自費で勤務医になるなんて、お金持ちのボランティアでしょ。鳥取とか青森に行けば? 東京の国立に受かるレベルなら、奨学金で全部まかなえるって」

*3:たとえば、「求めぬ愛」では、男女4人による結婚が描かれる。

*4:人間という表現がふさわしいかどうかはよくわからないけれども。